「きみたち日本人は腹が立たないのか」チェ・ゲバラは広島の原爆資料館で憤った

1: 令和大日本憂国義勇隊(栄光への開拓地) [US] 2020/08/08(土) 22:18:53.69 ● BE:828293379-PLT(13345)
https://news.yahoo.co.jp/articles/64d430f9ee3af53b4256d56ae987ff60fef6c987

キューバ革命の伝説的英雄として知られる、エルネスト・チェ・ゲバラ。31歳のときに広島を訪問した。
革命のわずか半年後、1959年7月25日のことだった。

国立銀行総裁として、通商代表団を率いての来日。当初のスケジュールでは、広島訪問の予定はなかった。

しかし、8月6日の原爆投下の日を前に、「他の日程をすべて犠牲にしても、原爆慰霊碑に献花したい」
というゲバラらの強い願いから予定は変更。フェルナンデス大尉と駐日キューバ大使の2人だけが随行して、
大阪から急きょ広島に向かった。交通機関は、夜行列車で行ったという説と、飛行機を利用したという
2説がありはっきりしていない。

県庁職員、ゲバラの問いかけに「ぎくっとした」
ゲバラらが原爆慰霊碑に献花する姿を、中国新聞のカメラマンが撮影している。
花を手向けるフェルナンデス大尉の後ろで、戦闘服姿のゲバラはうつむき加減で直立していた。
その後、一行は原爆資料館を約1時間かけてじっくりと見学した。

ゲバラは館内のさまざまな原爆被害の陳列品を見る中で、それまで無口だったゲバラが、
不意に通訳担当の広島県庁職員の見口健蔵氏にと英語で問いかけたことがあった。

「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか」

ゲバラが原爆の惨禍に憤りをみせた瞬間だった。三好徹氏の「チェ・ゲバラ伝 増補版 」(文春文庫)の中で、
見口氏は「眼がじつに澄んでいる人だったことが印象的です。そのことをいわれたときも、
ぎくっとしたことを覚えています」と回想している。

「平和のために断固として闘うには、この地を訪れるのが良い」
広島訪問時、ゲバラは妻のアレイダに宛てて絵はがきを送っている。毎日新聞によると、
そこには以下のように書かれていたという。

「私の愛する人。今日は広島、原爆の落とされた街から送ります。原爆慰霊碑には7万8000人の死者の名前があり、
合計は18万人と推定されています。平和のために断固として闘うには、この地を訪れるのが良い。抱擁を。チェ」

ゲバラは1961年にキューバで工業相に就任したが、やがてキューバを離れた。1967年にボリビアでゲリラ活動中、
政府軍に射殺された。39歳だった。

ゲバラが原爆の恐ろしさを伝えたこともあり、キューバでは原爆教育に力を入れるようになった。

2017年の産経WESTは「現在でもキューバでは毎年8月6日と9日に国営放送で特番を組み、
初等教育で広島、長崎の原爆投下について教えているという」と報じている。

800px-CheHigh

続きを読む

Source: 哲学ニュースnwk

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク